平成30年同窓会ふれあいの集い講演会 《拡大版》
「安全な運航の為に」 佐藤 卓三さん 昭和23年卒業
「安全な運航の為に」 佐藤 卓三さん 昭和23年卒業
略歴
昭和23年 白金小学校を卒業、入学当時の校長先生は小黒先生、担任は鈴木先生
高輪第2中学校(高松中学はまだできていなかった)
日比谷高校
中央大学法学部法律科
昭和32年 日本航空株式式会社に航空機関士の訓練生として入社
昭和39年8月 東京オリンピックの聖火を運ぶための特別機の乗員として勤務
昭和41年 DC8型機副操縦士
昭和53年 DC8型機機長
平成7年10月 1995年 B767型機機長で定年
東京オリンピックの聖火出発クルー
◆はじめに
私は日本航空在職中、安全運航推進部というところにおりまして、世界で起きた航空事故のニュース(アメリカの航空局が出す世界で起きた航空事故事故調査報告書)を翻訳して社内の乗員用の専門誌に載せていたものですから、世界の事故は大凡は把握しているつもりです。どういう場合に事故が起きるかというと、9割は人間のミスです。御巣鷹山の事故、あれは完全に機材の故障ですからどうしようもないのですが、あまりあのような故障は無くてほとんど人間がミスを起こしているということです。本日は、飛行機の全般的なお話から、事故を起こさないために乗員として心掛けるべきことなどをお話ししたいと思います。
◆飛行機の構造について
何故、飛行機は高いところでも息苦しくないのかというと、与圧システムというものが働き上空に行っても機内を地上に近い気圧に保っているのです。外から空気を取り込んで圧縮して客室内に入れていて、高度30,000フィート(9,144m)で飛ぶ時でも機内は大体7~8,000フィート(2,100~2,500m)の気圧を保っています。エンジンから空気を取り入れて、3分ごとに機内の空気を入れ換えています。機内の温度は操縦席でコントロールしますが、客室乗務員も客室でコントロールできます、
その昔、機内が禁煙でない時代には、客室の空気を排出するバルブに煙草のやにがすごくついて時々そのバルブの動きが悪くなる故障がありました。現在は機内では一切禁煙になっていますが、隠れてトイレでたばこを吸ったりすると操縦席で警告が鳴るのですぐわかるんです。煙が操縦席にもキャビンにも流れますので、いけないと決まったことは守っていただきたいです。それから、(お客様が)機内でお酒を飲んで暴れて、飛行機が引き返すなどということが偶に外国などでありますが、機長には危険な行為をする乗客の身体を拘束できるという法的な権限が与えられていて、(手錠ではないのですが)そういう道具が操縦室には置いてあります。ですから、飛行機の中で(飲酒などで)暴れたりすると最終的にそういう措置を取られる場合もありますので・・・よろしくお願いします(笑)。
飛行機の客室の窓ですが、結露しませんし、かなりの強度を持っています。二重構造になっていて表裏組み合わせた硬質プラスティック製の窓ガラスの下に穴が開いて空気が入っていて常に外側の窓に圧力がかかるように、万が一外側の窓が割れても内側の板でバックアップできるようにできています。操縦席の窓は曇っても割れてもいけないので7枚のガラスを張り合わせ、中に曇り止めの電気のヒーターがはいっています。機種によってこの構造は違うものもあります。
飛行機の翼は、昔プロペラ機のころは翼が前寄り真横に広がっていたのが、ジェット機になって速度が上がるにつれて後方に下がってきました。飛行機のスピードが上がるにつれ空気抵抗が増えるので、羽根を後ろに下げてそれを逃がしてやる「後退翼(コウタイヨク)」が有利なのです。窓から翼を見ているといろいろなものがごちゃごちゃ動きますが、それぞれが複雑な機能を持っています。昔はこれをケーブルで動かしていましたが、新しい飛行機は殆ど油圧で動かすようになっています。必ずバックアップシステムがあって、一つのシステムがダメになっても、もう一つが機能するようになっているのですが、御巣鷹山の事故では、先ほど説明した客室の圧力を保っている隔壁が割れて、一気に普段与圧をしない機体最後部の圧力が上がってしまい、圧力に対する強度不足で漏れた機内の空気が垂直尾翼の一部を吹き飛ばしてしまった。そのために舵を取るための油圧システムの総ての油が空になっていまい舵の操作ができなくなったのです。
◆パイロットの資格と心得
旅客機を操縦するためのライセンスも自動車と同じようにランク分けがあります。副操縦士の場合は事業用操縦士というライセンスで飛べるのですが、定期便航空会社の機長になりますと定期運送事業用操縦士という上のランクのライセンスが必要です。機長になるには3000時間以上、日本航空の場合ですとパイロットになってから最低10年かかります。私の場合、41歳で機長に昇格し機長在籍は約20年(機長飛行時間は約13,000時間)、 お陰様で無事故で表彰されました。機関士、副操縦士合わせて約8,000時間、トータルで約21,000時間でした。ご参考までに、パイロットの飛行時間は年間1,000時間がマキシマム、また地上業務兼務の場合(管理職、その他特別職など)、逆に月間ミニマム60時間(年間720時間)の飛行がマニュアルで定められております。これは技量保持のためです。私はそのような意味で、グループリーダー、運航安全推進部、訓練部などの兼務が長期間ありましたので同期の者より飛行時間が少なくなっております。
機長の場合身体検査は6ヶ月ごとにすべての検査をするので、日頃不摂生しているとダメです。視力も裸眼で1.2以上を要求されます。老眼になるのは仕方がないのでその場合はメガネをかけて1.2以上あればよいということになりますが、メガネも必ず予備を持つので2つ持たなければならないのです。此の頃は、メガネをどこに置いたかわからなくなったりしますが、当時はカバンに入れてなくさないようにしていました。必要なものがいつもかばんに入っていれば忘れないのですが、前の日に次の日に飛ぶルートなどを家で勉強するためにマニュアルを出したりすることもあるので(当時は忘れませんでしたが)チェックリストを作るのは大切。「鳩が豆喰ってパ」、ご存じでしょう? 「は」はハンカチ、「と」は時計、「が」はがまぐち、「ま」は私の場合は(航空路線用)マニュアル、「め」はメガネ・・・というように、こんなチェックリストがみなさんもこれからは必要になるのではないかと思いますが・・(笑)。
◆飛ぶ前の準備
飛行機はどのように運航するかというと、たとえば9時出発の国内線なら我々は8時までに会社に行き、(国際線の場合は1時間半前)運航管理者の説明でNoticeNOTAM NOtice To Air Manと呼ばれる注意事項(ルートの天気、航路インフォメーション、空港、着陸システムの情報など)の確認をします。
搭載する燃料は(A)目的地まで飛んで行く燃料、(B)もし天候などで着陸できない時の45分間の待機の為の燃料、(C)目的の空港に着陸できず別の空港まで飛行するための燃料、と航空法で定められた最低搭載燃料(ミニマム)があります。その他に、エクストラ燃料というのを積んでもらえます。これを積むと、機体が重くなり燃料消費量が増えるのでこの搭載に関しては微妙なものです。できるだけ、この搭載燃料は減らしたいのですが、天候などによって待機時間が長くなることが予想されたり、高度を下げて飛ばなければならないような時には消費燃料が増えるので機長が判断した場合には積みます。当然ですが機体が重くなったり高度を低く飛ぶと燃料の消費量は増えます。
ある時、香港に向かった飛行機が、天候不良で香港到着の1時間程手前で台北に到着地を変更するように下から連絡を受けた、ところが台北に向かう途中で香港の天候が回復したので香港に戻ることにした。戻る途中で、また香港の天候が悪くなったので台北に向かわなければならなくなり行ったり来たりしている内に燃料がぎりぎりになってしまった。これは、「一度決めたことは途中で何度も変更をしないで守らなければならない」という例です。燃料の決定とはこういう風にして決めます。
翼の強度というのは燃料を入れた上での計算になっています。翼の強度を燃料で持たせるというのはおそらく皆様初耳ではないかと思います。ですから近いから搭載燃料は少なくてもよいかというとそうではなくてミニマムの搭載量が必要。先ほどご説明した(A)(B)(C)を合算して「燃料を搭載」というのが普通なので、天気が悪くても燃料が無くなるのではないかというご心配は必要ないと思います。こうやって、燃料、高度、航路を決めます。
そのあと客室乗務員が来ます。客室乗務員は何をもとに人数が決まると思いますか?お客さんの数?飛行機の大きさ?実は非常脱出口の数で決まっているんです。各航空会社には、緊急脱出の90秒ルールというのがありまして、ジャンボ機では450人くらいのお客様が地上で緊急時に1分半以内に機外に緊急脱出しなければなりません。またお客様が少なくてもミニマムの乗務員の数は決まっています。(この90秒ルールと言うのは法的に決まっており世界中の航空会社でこれを守らなければなりません)
客室乗務員が来てから、ブリーフィングをするんですが、たとえば今日は大阪上空は雲があるから揺れるとか、サービスはここを過ぎてからしろとか早めにしろとか、机の上に機体の平面図が書いてあり、それぞれの持ち場の非常設備の確認などをします。燃料搭載から別の候補となる空港、飛ぶ高度も全部決めます。
キャビンクルーブリーフィングが終わった後みんなで飛行機に向かいます。整備の人が点検してくれているのですが、念のため我々ももう一回機体の外部点検をします。全部は無理なのですがわれわれは重点的に足回りを見るようにしていました。タイヤの傷などよく見るように後輩にも言っていました。
その後は操縦席での点検と飛行準備に入ります。
お客様の搭乗後、貨物が全部積まれ、全体の重量は何十万ポンド重心はここだということが決まると、操縦室では尾翼の角度を調整します。離陸の時にいつも同じ力で操縦桿を引けるようにセットしておかないと、離陸の時にいくら引っ張っても機首が上がらない、そういうことが起こる危険があります。出発5分前、飛ぶ経路、高度コントロールタワーとのやり取りをする。すると、出発は何番目だからエンジンスタートはあと何分待てとか飛ぶ航路、出発方式、巡航高度などの指示が来る。待つ時間があまり長くなる様ですと、自分で機内放送をするか、客室乗務員を呼んでお客様にその旨を伝えてもらうようにします。
◆離陸と着陸
飛行機が飛ぶ時は向かい風か追い風かわかりますか? これは離陸の時も着陸の時もどちらも向かい風です。滑走路の長さは、普通の国際空港は大体3000mです。現役時代ジャンボで羽田からサンフランシスコまで行く時、燃料満タンで運航管理者と計算したら離陸に必要な長さと滑走路の長さがちょうど同じだったんですね。これは危ないからもう少し気温が下がるまで待とうと(気温が下がるとエンジンの出力が増える)、温度が下がるのを待って出発したんですが、離陸して、下を見たら滑走路も何も見えなくて海だけだったっていうこともありました。でもこれもきちっと計算してやっているので別に怖くはないです。(会場笑)
空港に着陸する時の方法のひとつでILSという着陸誘導電波を受けて滑走路に進入する際の話なんですが・・・ゴーストビームっていうのがあります。正しい電波の上下に弱い電波が出ていて、間違って低い方に乗っかると滑走路のはるか手前で接地するようになる。ニューデリーでこれが原因の事故がありました。このような事故は、誘導電波と距離と高度のチェックポイントを常に確認していれば防げます。,
◆安全な運航の為に
「ハドソン川の奇跡」あれは離陸した直後2つのエンジンに鳥が飛びこんで2つのエンジンが止まってしまった。これはもう運が悪いとしか言いようがないですね。パイロットの非常に適切な判断でまさに奇跡。自分だったらどうしただろうかと考えるんですけれど。(笑)離陸直後高度の低い時にこの様にエンジンが2つ止まってしまったらUターンをして元の滑走路に戻ることは不可能です。
現在は、機械の性能も上がり、システム化が進んで技術は進歩していますが、人間のミスが原因の事故を起こさないために守らなければならないことは変わらないと思います。「決められたことは守る」、「必ず確認をする」、「ほかの乗員のアドバイスを聞く」、「乗務前に人と諍いをしない」、「無理をしない」、「時間に余裕を持つ」。車の運転も同じですから、みなさんも実行されていると思うのですが、これらの一つ一つをきちんと守っていくことが大切です。